なぜ無線センサにDSPを搭載しなければいけなかったのか?
多くの研究者の方々に導入いただいていた旧製品群を廃し、DSP(高度演算処理ユニット)を搭載した新製品へのリニューアルに社運をかけたのか?スポーツセンシング社の決断に関するコラムです。
数少なかったスポーツ(バイオメカニクス)向け計測機器
今から約10年前、当時のJISS(国立スポーツ科学センター)にお伺いさせていただく機会がありました。最先端の機材が揃えられている環境は、非常に興味深く、日本全体のサポート体制は前進しているんだなと感じていました。しかしながら、その後、研究員の方々の意見を伺っていくと、ほぼ決まって「よい計測ツールがない」というお話がでてきていました。
当時、多くの計測ツールは海外からの輸入品であり、非常に高額なものが多いことが分かりました。それは、奇しくも、サッカーの指導者を長く続けていた代表の澤田が感じていた「スポーツの成長を助けるツールの少なさ」と、深くリンクしました。
「無線通信ほど信用ならないものはない」からメモリを搭載
「スポーツの実際の運動を邪魔することなく計測する」ためには、無線通信が必要不可欠でした。しかも、スポーツの現場では、近距離だけではなく、陸上競技場のように、計測に対して数十mを必要とするような実験場所も存在します。免許のいらない特定小電力無線通信の中で、データ通信量や無線送受信距離を考慮すると、2.4GHz帯を使うことは必然でした。
候補としては考えられたのは、
- 無線LAN
- Bluetooth
- ZigBee
でした。
当時、無線機能付き計測機器はそれほど多くはありませんでしたが、ほとんどのデバイスが、"無線送信されたデータをPCで受信し、受信したデータをPCに保存する"という構造になっていました。
「計測」という観点で考えた場合、我々にはこれが受け入れられませんでした。なぜなら、無線通信を100%全てのデータを到達させることは、困難であるからです。
(再送処理などについては、別の機会にお話致します)
我々は、貴重なデータを取りこぼすことがないよう、『無線送信をしながらメモリ保存する』を実現するため、開発を進め、旧製品を完成させました。
計測できることは当たり前。その先は??
センサにメモリを搭載した製品は、ほぼ見られなかった当時、最大1kHzサンプリングのデータを記録できるデバイスは、非常に好評を得ることができました。内蔵メモリから取り出したデータを解析することで、多くの研究開発が進みました。
各センサからダウンロードされたCSVファイルを、Matlabなどに代表される数値解析プログラミング環境で解析が行われます。
- 加速度と角速度から姿勢推定をし、角度情報を算出する
- 筋電の生波形から、積分筋電信号を算出する。
など、 様々なアルゴリズム開発が行われていきました。
ところが、いざスポーツの現場で
[計測]
↓
[センサから計測データのダウンロード]
↓
[PC内での数値解析]
をやろうとしてみると、時間を要してしまう項目があり、選手/指導者陣を待たせてしまう形になることが多々ありました。
例えば、1時間ずっと1000kHzの計測をし続ければ、100Mbyte以上のデータサイズになります。2018年となった現在でも、小型デバイスから、高速にデータを取得できる方法は実現できていません。
研究成果をスポーツの現場で使用できるツールにしたい
スポーツの現場で評価に使えるツールづくりをするためには、「専用のハードウェアとプログラムをゼロから設計しなおす」しかありませんでした。しかも、競技によって、測りたい部位によって、必要とされるものは全くことなります。
費用の問題もあり、現場で評価に使えるツールづくりはいつも停滞していました。
低消費電力DSPとの出会い
代表の澤田は、大学~大学院において、音声や振動について、DSPを用いてリアルタイムに解析を行う音声認識やサラウンドなどの開発に携わっていました。その経験から、演算を担わせるDSPの消費電力の大きさについて、実を持って熟知しており、無線センサへの搭載が困難であることを重々認識していました。
そんな中、MegaChips社との出会いが全てを変えました。低消費電力で演算可能なDSPが存在を知ったのです。
MegaChips社製dspの性能評価を行った後、「これは我々が長年思い描いてきた構想を実現できるデバイスだ」と確信を得ました。それと同時に、波形を取得して無線送信/メモリ保存するのみである旧製品は、スポーツの現場での即時フィードバックが重要になっていく世の中の流れで、スポーツ界のためにならないと思い、継続停止することを決めました。
無線センサの内部で演算し、かつ、その演算方法を入れ替えられれれば
DSPワイヤレス9軸モーションセンサでは、加速度と角速度から姿勢推定値の算出を行うことができます。しかも、1kHzのまま姿勢推定値の算出を行うことが可能です。つまり、姿勢推定に関する複雑な計算を、1ミリ秒以内に計算し、その値をメモリ保存しながら、無線送信できるようにしています。
ハイエンドモデルでは、"姿勢推定値(=クォータニオン)"算出のアルゴリズムを標準搭載しています。
スポーツセンシング社が目指したもう一つの形は、このアルゴリズムを入れ替え可能にすること。
例えば、あるスポーツでは、3軸の加速度の生波形よりも、3軸のそれぞれの2乗和のルート(= ノルム)が有用であるかもしれません。このような場合に、USB経由でアルゴリズムファイルを入れ替えれば、算出される評価値を変更することができます。
つまり、スポーツセンシング社が目指した理想とは
研究開発で使用した機器を、そのままスポーツの現場で使用できる評価ツールにできること
↓
この国の素晴らしい研究成果をスポーツの現場へ
だったのです。
即時フィードバックの実現へ努力を続けます
スポーツには様々な競技があり、計測したい部位も、種類も実に様々です。まだまだ手探りなことも多いスポーツ界において、計測データが計測だけで終わるのではなく、競技力向上につながるツールが様々に生み出されてこそ、成果が上がってきたと実感できるのかもしれません。
スポーツセンシング社は、「スポーツは科学で進化する」と信じて、今後も継続して開発を続けます。